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緋文字 The Scarlet Letter(1850)

 ホーソーン『緋文字』(八木敏雄訳・岩波文庫)を読んだ。

 映画化されたと記憶しているが、観たことはない。読後の印象とどう違うか、今度観てみよう。

 〈物語の流れ〉

 舞台は17世紀、アメリカ、ニューイングランド。不義の罪の象徴として、へスター・プリンはAの赤い文字の刺繍を縫い付けられた衣服を身に纏うことになり、絞首台にて群衆の目に晒される、生まれた子を胸に抱いて。彼女は人々から蔑まれ、贖いの人生を送ることになる。

 相手の男は誰か、彼女は決して口外しない。その男を護るため。

 彼女が晒された時、ロジャー・チリングワースという、博識かつその道に秀でた老医者が登場する。それは彼女の元の夫であった(そのことはヘスター以外誰も知らず、彼女は口止めされる)。執拗な男は、やがてヘスターの相手を嗅ぎつける。が、復讐のために相手を悪魔的な残忍さで苦しめはするが、嗅ぎつけたことを誰にも(相手にも)言わない。

 相手は、その土地で人々に最も敬愛されていた牧師、ディムズデールであった。彼は秘密の罪のために、敬虔さにより、次第に身体を病んでゆく。

 7年が経ったある日、ヘスターはディムズデールがチリングワースに苦しめられていることに気づく。そしてそのことを、当の牧師に告げる。

 牧師は、人々に最も深い感銘を与えたある説教の後、自らの罪を語り、死んでゆく。死ぬ前に、彼はチリングワースを前に、「あなたに神のおゆるしがありますように!」と言う。

 ヘスターは、その献身的人柄と行為から、やがて人々に尊敬さえされるようになる。

    *     *     *     *     *     *

 自らの罪(緋文字)を胸に秘め、そのために苦悩し、衰弱していくディムズデール牧師の生。罪を人に明かさない、罰せられもしない生き方とは、最も過酷な罪の贖い方である。気の弱さからかもしれないが、そういう生を彼が選んだということに、彼の魂の奥深さを見る。

 苦悩を、彼は自らの仕事に昇華しさえする。だが精神は肉体を蝕んでゆく、信仰篤き故。そのような生を、尊いと、私は感じる。話の結末に納得もする。

 現代に在って、私は、我が身を彼に置き換えてみたりもするが、それより、彼のような人物が存在したという、そのことを、心にとどめておくことが大切な気がする。

 私であった彼の存在を踏まえた上での私の生を意識する、と言ったら良いだろうか。

 自らの栄光より、神を尊び、神の導き(裁き)のままに在ることが、人の生だと、私もまた考える。

 物語のあちこちに豊富な比喩が鏤められていた。魂について、愛についても、改めて考えさせられた。

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コメント

先日は当ブログにコメントをいただきありがとうございました。
質問に答えることなど端から無理なことですが、わたしなりにブログに書いてみました。
何かの参考になれば幸いです。

マラソン頑張ってください。

yabunokouji

yabunokoujiさん、有難うございます。
早速ブログを拝見させていただきます。

私はいつも文章を書いていて、「考える」「思う」「感じる」「気がする」の区別をうまくつけることができず、感覚で、適当なのを選んでいます。上記4つの中で、最も確信を持っている場合が「気がする」です。「考える」は、「論理的にいくとそうなる」という意味で、「意見」に近いのが「思う」、「気がする」と「考える」の間が「感じる」です。

いろんな本を読まれていて、面白そうなブログですね。
また書き込ませてください。

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