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2007年7月

あわいにて

水溜りに千両の実が落ちた

傍らの石仏には緑の銅貨

 

奥へ入る一本道の閾にて

「観音さんに背を向けたらあかん」

石畳の隙間から声が聞こえた

 

千年の時が小さく渦巻いた

テムズ辺の路地裏で

アドリアに消えた少女の

髪に付いた藻の間で

 

白妙の衣の

森の水に流されぬ 無垢が

時を隔て 零れ落ちた

荷台の 轍の あとから あとから

 

地に生えるものは

自らを苛み 砕き

(ほぐされたいがために在るものよ)

 

落ちた直後に動き出す

塊のまま

実を結ぶこともなく

 

動きに生えるものは

ふり向き 仰ぎ見

かたちあるものに溶け入る

 

鱗の光りは夢を見る

水底にふり 時の外に舞う

闇という闇に入り込み

やがて密やかな声となる

ある場所

 ある場所のことを考えている。

 消滅と生成の場所、である。正しくは「場所」ではないのだが。

 ランボーが〈太陽と溶け合った海〉と、ヘルダーリンが〈故郷〉と呼んだある場所である。

 〈一粒の麦〉が地に落ちて死ぬ、その刻。いわば〈永遠〉、以前書いた「無時間」のことである。

 トルストイが〈あるかなきかの心の動き〉と、ドストエフスキーが〈カラマーゾフ的力〉と仄めかしたもの、あるいはカフカ『城』の世界そのものに近い。始原、である。

 表現する言葉を探しているのだが、まだ見つからない。捉えきれていないからか。

 つねにそこに居ることが大切である、気がする。

信仰とは何か――クオ・ヴァディス

 私は信仰を持っていない。

 神なるものを置く、その必要を感じないせいだろう。だが、聖書や仏教の一説を読むと、共感することは多い。

 〈一粒の麦が地に落ちて、死ななければそのままだが、死ねば多くの実をもたらすだろう〉、〈他力本願〉、…。

 共感はしても、信じることはない。交錯はするが、違和感もある。

 「幸福」になりたいと思ったことがないから? 「救い」を求めたことがないから?

 先日、『クオ・ヴァディス』という映画のDVDを借りてきて観た。皇帝ネロの時代のローマにおける、若い男女の愛を通して描かれたキリスト教の拡がりが、表に見えたテーマであった。〈神はあなたを許し給う〉という思想がキリスト教の中心にあり、それ故に、圧政に苦しむ、あるいは互いへの憎悪、戦いを繰り返す民の間に、それは浸透することができた。主人公ウィキニウスは、帰依することで幸福を享受した。それにより、リギアへの愛も深まった。尊い、美しい愛である。

 だが、私にそのような素朴な生き方はあり得ない。どこまでも、信じることはできない(必要なのは救いではないだろう)。

 魂は、おそらく、つねにすでに救われている。必要なのは、つねにすでに救われていることへの「気づき」なのだ。その「気づき」とは、他者からの言葉に因るのではなく、自分自身の生き方(考え方)を見つめたときに生まれる(動き出す)必然の力、ではないか。「気づき」のきっかけとして「信じる」のは、論理的におかしい。先に結論があったのでは考える(生きる)ことはできない。おそらく実際に「法話」等で行なわれていることは、「ある考えの提示」であり、それは、本当は、信仰に因らずに為されているのではないだろうか。

 現代の「信仰」の場で為され得る唯一のことは、「○○、だから信じましょう」ではなく、「○○という考え方(生き方)について考えましょう」ではないか。

 信じることはトク、なのか? 生きるとは、ソントクとは別のことだろう。トクをするために信じる人がいたとして、その人はトクをすると考えられるだろうか。

 信仰を、信仰する人を否定しているのではない。信仰とは、結局のところ考えることではないかと、私は考える。考えることを忘れた信仰は、何かいびつなもののように感じられる。

 映画の最後で、ペテロなる人物は、「われわれはどこへ向かうのか(クオ・ヴァディス)?」と問いを付す。

 どこへ向かうのか?

 どのように生きるのか?

 それは各人が考える(生きる)問題であると、言っているように感じた。

緋文字 The Scarlet Letter(1850)

 ホーソーン『緋文字』(八木敏雄訳・岩波文庫)を読んだ。

 映画化されたと記憶しているが、観たことはない。読後の印象とどう違うか、今度観てみよう。

 〈物語の流れ〉

 舞台は17世紀、アメリカ、ニューイングランド。不義の罪の象徴として、へスター・プリンはAの赤い文字の刺繍を縫い付けられた衣服を身に纏うことになり、絞首台にて群衆の目に晒される、生まれた子を胸に抱いて。彼女は人々から蔑まれ、贖いの人生を送ることになる。

 相手の男は誰か、彼女は決して口外しない。その男を護るため。

 彼女が晒された時、ロジャー・チリングワースという、博識かつその道に秀でた老医者が登場する。それは彼女の元の夫であった(そのことはヘスター以外誰も知らず、彼女は口止めされる)。執拗な男は、やがてヘスターの相手を嗅ぎつける。が、復讐のために相手を悪魔的な残忍さで苦しめはするが、嗅ぎつけたことを誰にも(相手にも)言わない。

 相手は、その土地で人々に最も敬愛されていた牧師、ディムズデールであった。彼は秘密の罪のために、敬虔さにより、次第に身体を病んでゆく。

 7年が経ったある日、ヘスターはディムズデールがチリングワースに苦しめられていることに気づく。そしてそのことを、当の牧師に告げる。

 牧師は、人々に最も深い感銘を与えたある説教の後、自らの罪を語り、死んでゆく。死ぬ前に、彼はチリングワースを前に、「あなたに神のおゆるしがありますように!」と言う。

 ヘスターは、その献身的人柄と行為から、やがて人々に尊敬さえされるようになる。

    *     *     *     *     *     *

 自らの罪(緋文字)を胸に秘め、そのために苦悩し、衰弱していくディムズデール牧師の生。罪を人に明かさない、罰せられもしない生き方とは、最も過酷な罪の贖い方である。気の弱さからかもしれないが、そういう生を彼が選んだということに、彼の魂の奥深さを見る。

 苦悩を、彼は自らの仕事に昇華しさえする。だが精神は肉体を蝕んでゆく、信仰篤き故。そのような生を、尊いと、私は感じる。話の結末に納得もする。

 現代に在って、私は、我が身を彼に置き換えてみたりもするが、それより、彼のような人物が存在したという、そのことを、心にとどめておくことが大切な気がする。

 私であった彼の存在を踏まえた上での私の生を意識する、と言ったら良いだろうか。

 自らの栄光より、神を尊び、神の導き(裁き)のままに在ることが、人の生だと、私もまた考える。

 物語のあちこちに豊富な比喩が鏤められていた。魂について、愛についても、改めて考えさせられた。

人間の絆 Of Human Bondage(1915)

 S.モーム『人間の絆』(中野好夫訳・新潮文庫)を読んだ。

 孤児、蝦足で、はにかみ屋の少年が、ロンドンから60マイル離れた町に住む親類の牧師夫妻に育てられ、聖職者の子弟の通う学校で教育を受け、やがてそこを自主退学、ロンドンでの会計士見習い、ドイツ留学、パリでの画学生生活、ロンドンに戻っての医学生生活を経て、結婚するに至るまでの、精神の遍歴を描いた物語である。著者の自伝的作品(自伝ではない)と言われている。

 学友との不和、宗教への反発、詩人、画学生からの感化と離反(克服)、人生の意味、幸福を探し求める日々、そしてそれを見出す過程、が描かれている。

 大英博物館で墓石を見ていての、それを見出す場面、が最も印象に残った。

 〈……人生の意味など、そんなものは、なにもない。そして人間の一生もまた、なんの役にも立たないのだ。彼が生まれて来ようと、来なかろうと、生きていようと、死んでしまおうと、そんなことは一切なんの影響もない。生も無意味、死もまた無意味なのだ……彼は、喜びと満足に充ちた、長い呼吸をついた。跳び上がって、歌い出したいような気持だった。この数ヶ月、こんな幸福感を味わったことはなかった……幸福への願いを捨てることによって、彼は、いわば最後の迷妄を脱ぎ捨てていたのだった。幸福という尺度で計られていた限り、彼の一生は、思ってもたまらないものだった。だが、今や人の一生は、もっとほかのものによって計られてもいい、ということがわかってからは、彼は自然勇気の湧くのを覚えた……〉

 フィリップは内省の人である。真摯である。常に人生の意味を求めていた。にも拘らず、彼は様々な「不幸」を体験する、そして、ついに「人生は無意味」という結論に至る。

 その結論を「あたりまえ」と言ってしまうことはできない。彼にとっては、経験ゆえの結論であるから。結論は過程でもあるから。

 一切を受容する精神に辿り着く、そういう物語を描くということに、共感を覚える。多くの作家がそうであるように、S.モームは過程(細部)を描くことに専心した。この作品全体から、その情熱、が強く感じられる。

 過程の中でも、ミルドレッドというどうしようもない女に惹かれるフィリップ、は興味深かった。教養も、優しい心もない、家事もできない、金遣いは荒い女のために不幸になる。だが、そのようなフィリップに、私は好感を持った。

読書

 よく本を読む。

 なぜ読むのかと訊かれることがある。子どもの頃からの習慣だから、なぜと問われると困る。以前も書いたように、言葉に接することの喜び、からだろう。

 一時期、職を辞して、1年半ほど、昼夜を問わず読み続けたことがあった。トルストイ、ドストエフスキー、ヨーゼフ・ロート、カフカ、プルースト、シェイクスピア、ランボー、ボードレール、E.ブロンテ、ディケンズ、etc. その時は、ただひたすら言葉に身を委ね、作者や登場人物の感じ方、考え方にいちいち共感していた。読んだから、どうなった、ということはない。ただ、共感する言葉に巡り合った時は、何か力を得たような気分に領された。

 最近、同じような答えに出合った。少し長くなるが、引用する。

 S.モーム『人間の絆』新潮文庫・下巻.p.35 より

 〈「じゃ、なぜ本など読むんだ?」

  「一つには、楽しみのため、つまり一つの習慣だからさ。煙草と同じことだよ、読まないと気持がわるい。だが、もう一つは、自分を知るためでもある。僕は、本を読む時、ただ自分の眼だけで、読んでいるようだな。だが、時々、いいか、《僕に》とって、ある意味を持ったような一節、いや、おそらくは、ほんの一句だろうね、それにぶっつかる。これは、いわば僕の血肉になるのだ。僕は、書物の中から、僕の役に立つだけのものを、抜き取る。だから、幾度読んだところで、それ以上は、なんにも出て来はしないのだ。ねえ、君、僕にはこんな風に思えるんだが、つまり、人間ってものは、閉じた蕾みたいなもんなんだねえ。読んだり、したりすることで、それがどうなる、というようなことは、全然ない。ただ時に、その人にとって、ある特別な意味をもっているようなものがある。それが、花弁を開かせるのだ。一つずつ、花弁が開いてゆく、そして、ついに花が咲くのだ。」〉

 共感する言葉に巡り合う、ある意味を持ったような一句にぶっつかる、その瞬間のために読んでいるのかもしれない。だが、本当は、紙背から感じられる気配に、接していたいのだと思う。

 その気配とは何か?

 ある種の情念、作者の意思、あるいはそれを超えたもの、律動、である。

交感

〈小さなことを

 感謝でき

 ささやかなことを

 喜ぶことができる

 人は

 とても恵まれています

 その人は

 どんな時でも

 また、いつでも

 幸せを感じることが

 できるからです〉

       「おはよう21」中央法規.2007.8, p.3 葉祥明

 

 道端に咲く野の花に、小川の光に、流れ行く雲に、ようするにすべての物の細部に、喜びは宿っていて、無数に在る同じような喜びと交感している。

 それらは、何だろう? と、考える。

 ウイリアム・ゴールディング『蠅の王』にて、サイモン少年を沖へと流した無数の煌めきたちのように、それらはなぜ、在る物を慈しみ、どこでも、いつでも、在るのだろう?

 ――光とともに、闇がある。深淵を巡る心に必要なものとは何か。

 ――在る、という確かな感触、在る物たちの在ろうとする気配。

 存在は無限を欲している、と感じられる。〈生命〉もまた、自己を複製し続けようとする。キリ果ての無さへの憧れが在る。(おそらくは無をも、同時に希求している)

 だから、〈私でないもの〉が欲しい。空の輝きを見ては、あれは私だと感じる、同時に、そこに〈私でないもの〉を欲している。

 〈私でないもの〉を欲する、その一つの形としての、交感ではなかろうかと、考える。

 〈小さなことを〉の詩は、交感することの喜び、そのことへの感謝、幸福を表していると思う。

出会い

 サロマ湖ウルトラマラソンで知り合った青森県のKさんから、写真付き葉書が届いた。

 スタート前の写真、赤いハマナス、スタート後2キロ付近の私の姿、ゴール後のKさんの写真が印刷されている。「サブ10達成おめでとうございます!!」とも。

 民宿で相部屋だった。感じのいい人だと思った。去年の記録、今年の目標を話された。スピードの落ちる後半、とくにワッカ(80km~98km、サロマ湖とオホーツク海の間の原生花園、吹きさらし)は寒かったと仰った。だんだんと青森弁になってこられた。朝が早くなければもっと話していたいとも思った。

 飾りのない、率直な人なのだろう。何かほっとするものを感じた。

 たまさかの、心地よき出会い。〈魂〉の相性が良いのかもしれない。

 そういうのは、ときどき感じる。

 それは、何か?

 ――人の世に降り立つ形。本来が宇宙(すべて)である〈私〉による、選ばれた位相。

 ――形をとる、選ぶ、という行為に内在する、その質。

 おそらく、本来人はすべての類型を持ちうるのだが、そのことに気づかない人が多く、選んでしまった自己を、本来の自己と思い做し、境遇に甘んじたり、悩んだり、反発したりしている。

 だが、選んでしまった自己がたまさかの自己であると自覚するなら、可能であった自己に出会うと、ふと懐かしさを覚えたりするのではないか。それが、出会いではないか。

 そのとき、自らは変わろうとし、自らを無限大に開いてみる。

 Kさんに、楽しかったですと、返事を書いた。大会が楽しかった、出会いが楽しかったというのもある。本当は、出会いによる、自らの広がりが楽しかったのかもしれない。

冥き途(くらきみち)

 ホームヘルパーをしていた時に、1人暮らしの認知症のおばあちゃんから梵字を見せられた。(その文字はうまくかけないのでここでは省略します)

 「これ何と読むの?」

 「わからないです。今度調べてきますね」

 で、大阪市立中央図書館で調べた。

 読みは「アーンク」。

 意味は・・「胎蔵界大日如来」を表わす。大日如来とは、密教の教主で本尊、宇宙の本性を人格化したもの。大日(Mahavairocana)とは太陽の別名であり、宇宙に存在するものすべてが大日如来のあらわれである。

 智慧の面を「金剛界」という。金剛(ダイヤモンド)のようにかたい智慧がすべての煩悩を打ち破る。真理の面を「胎蔵界」という。胎児が母の胎内にあるように、あるいは蓮の種がすでに花の中にあるように、真理がすべてのものに内在していることを示す。(「金剛界大日如来」は智をつかさどり、「胎蔵界大日如来」は理をつかさどる)

 調べたことを、わかりやすく説明し、説明したことを紙に大きい字で書いた。すると、今まで胸につかえていたものが取れたみたいで、とても喜ばれた。仏壇には、大日如来、不動明王、弘法大師(空海)があり、真言宗とのこと。なんでも「亡くなったうちの人」はお坊さんで、仏壇から先の梵字が出てきたらしい。それで、何だろうと、ずっと気になっていた、と。

 以来、私が訪ねるたびに、その紙を見せて嬉しそうにされる。ちょうどその頃、NHKの「日曜美術館」で高野山と空海の紹介があり(偶然の一致!)、ビデオにとったのを一緒に見たりもした。

 そのおばあちゃんが、私に本を貸してくれた。増田繁夫『冥き途 評伝和泉式部』世界思想社。「返さんでもええよ~」と。

 和泉式部の代表歌の一つが、

 冥きより冥き途にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月

 で、その歌の解説から始まり、当時の貴族社会、女性の地位、和泉式部の生涯を描いた作品である。

 「冥きより」の歌を、以来私は何度となく思い出しては、そのおばあちゃんのことを思い出している。私に本を渡されてから、しばらくして故郷の香川県に戻られ、その後のことは知らないのであるが…。そう言えば、空海も香川出身だったと、仰っていた。

 万葉集、古今集のことも、よく話されていた。「ひさかたの~」と言えば、「光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらん~」と継がれる。今思えば楽しいひと時であった。

 返しそびれた本を、ときどき開けると、おばあちゃんの笑顔が見える。

拈華微笑

 短冊に「拈華微笑」と書いた。

 何と読むんですか、と訊かれたので、「ねんげみしょう」。

 どういう意味ですか? 「以心伝心という意味。あるときお釈迦様が説法をされていて、華を拈(ひね)られた。それを見て、一人がその意味がわかり微笑んだ、ということから由来する言葉らしいです」。

 この世の数多の織姫彦星たち(に限らずすべての人)の思いが伝わりますように、との気持ちを込めた。

 草野心平の詩、蛙のシリーズに「両目微笑」というのがある。同じ意味で使っているのだろう。

 もう一つ、It is no use crying over spilt milk.

 高校英語で、「覆水盆に返らず」と習った。天の川が Milky Way と言われるのに引っ掛けて遊んでみた。生まれた宇宙(思い)は果てしなく広がる、広がっていって欲しい、という意味を込めて。

気持ちよく走ることをめざして――今年参加した7大会をふり返って

① 2月18日(日) 第13回久木野しし鍋マラソン大会・10km(於:水俣市久木野)

 12月に参加した「あくねボンタンロードレース」の会場でこの大会のパンフレットを頂き、レース後のしし鍋を楽しみに参加した。前半は下り、後半は上りの渓谷コース。記録は43分45秒、年代別3位/8名。しし鍋も美味しかったが、大会で初めて表彰状を頂き、「来年も来てください」と言われたのが一ばん嬉しかった。

② 2月25日(日) 第56回公認鹿島祐徳ロードレース・ハーフマラソン(於:佐賀県鹿島市)

 祐徳稲荷神社前の「枡屋旅館」に泊まったが、客は私1人、丁寧にもてなされ、有難かった。イーブンペースで走り、最後の2kmでペースアップ、1時間31分30秒(自己記録更新)でゴール、沿道の声援にずいぶん励まされた。

③ 3月18日(日) 第1回湘南国際マラソン・フルマラソン(於:神奈川県藤沢市)

 3度目のフルマラソン。JogNote の友人が毎日走っておられる湘南のコース、大学浪人時代に1度走った湘南を久しぶりに走ってみたいと、参加した。友人と一緒の受付、更にその友人たちとの打ち上げ、前日の岩屋探索、翌日の鎌倉散策は楽しかった。レースは、足部の痛みにより20kmからペースダウン、25kmから歩いたり走ったりの展開、だが37km辺りからスパート、3時間24分35秒(自己記録更新)でゴール。35km辺りだったろうか、びっこを引いて走っている私を見てスタッフの方が気遣ってくださった、そのことがとても嬉しかった。快晴で、鮮やかな富士山の姿が印象的だった。

④ 4月1日(日) 第13回大阪城さくらマラソン・フルマラソン(於:大阪市)

 大阪(阿倍野区)に住んでいた頃、よく長居公園と大阪城を走っていた。久しぶりに大阪城~桜ノ宮公園~淀川堤防を走ってみたいと、参加した。日本100マイルクラブが主催する「お花見ラン」で、競技大会ではなく、距離も未公認。湘南から2週間後のフルマラソン参加は、ウルトラの練習のためもある。桜ノ宮は本当に懐かしかった。前夜心斎橋のホテルで「明日のジョー」を最後まで観て睡眠不足だったこともあり、途中で倒れ込んだりもしたが、7分咲きの大川の桜、淀川の風は気持ちよかった。記録は3時間32分43秒。

⑤ 5月3-4日(G.W.) 第19回山口100萩往還マラニック大会・140km(於:山口県)

 以前から憧れていた大会。舗装されていない夜の山道を走るのも魅力。JogNoteの友人から聞いたヘッドランプを購入し、地図を見てはイメージトレーニングをし、準備万端で臨んだ。その友人にスタート前に会えたのは嬉しかった。宿泊先のご主人からはご自身のウルトラマラソンでの表彰状を見せて頂いた。レース途中でのエール交換も楽しかった。何より他の部(歩け歩けの部)の参加者からの声援が大きな励みになった。レース中、私設エイドの子どもとの会話、A(250kmの部)の方との会話も楽しかった。こんなに良い大会はないと思った。記録は19時間30分49秒。

⑥ 6月2日(土) 第18回阿蘇カルデラスーパーマラソン・100km(於:阿蘇市)

 昨年9月の「丹後」以来、2度目の100km。昨年度50kmの部に参加、完走した時点で、「来年は100km」と決めていた。記録はさておき、「歩かずに完走」することを目標とした。だが、50kmを過ぎてしんどくなり、67km辺りで倒れ込む。それでも、10時間台で走れたこと、最後の10kmを50分ちょうどで走れたことは大きな自信になった。記録は10時間50分3秒(自己記録更新)。

⑦ 6月24日(日) サロマ湖100kmウルトラマラソン・100km(於:北海道サロマ湖周辺)

 北海道へ行くことは考えてなかったのだが、毎日履いていたシューズ(アシックスの「サロマ」)がそうさせたのだろうか、1月に勢いで申し込んだ。民宿で知り合った2家族の方々がとても親切だった。初めての北海道、広い土地、青い畑、雲雀の声、エイド毎の高校生たちの声援、どれもが力になった。60kmからは本当にしんどかったが、同時にとても気持ちよかった。幸福に包まれている感じ。走っていて良かった、生きている! そういう気分に満たされた。9時間53分30秒(自己記録更新)でゴール後、しばらくして雨が降り始めた。路線バスで網走の民宿へ。民宿のおじさんから「光風」というレストランを教えてもらい、夕食、ここも感じのよい場所だった。

 目的があるのではなく、ただ気持ちいいから走っている。光や風、緑、虫たち、鳥たちの存在を間近に感じながら、時に我を忘れ、無時間の中、ただひたすら走る。気がつくと別の場所に居る!

 100kmを完走して、特に人生観が変わったところはない。ただ、後半の苦しさと楽しさは何物にも変えがたい魅力がある。限界状況でのふんばりの心地よさ、次の(未知の)風景への憧憬、心象の海に足を浸しているような気持ちよさ、だろうか?

 もっと気持ちよく、もっと遠くへ走りたい!

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