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理解すること

 大学(文学)を出てずっと(17年程)、塾で小学生、中学生に算数、数学を教えていた。

 その時、第一に心掛けていたのは「その子を理解すること」。振り返れば、どれほど理解できていたのだろう? という心もとない感触が残っている。経営サイドと確執の多い教師であった。

 ある夏期講習の休憩時間のこと。たまたまその子(中3女子)も空き時間だった。「先生ひま?」「うん、いいよ」という挨拶から、延々2時間、その子の学校での「いじめられ体験」を聞かされた。どうしたらいいとか、アドバイスは何もできなかった。私は、うん、うん、と相槌を打ち続けただけである。でも、話し終わる頃になると、その子の表情はずいぶんとすっきりしたように感じられた。「先生、ありがとうな」

 それで良かったかな、と後になって思ったのは、その後その子の授業中の目の輝きが良くなったからである。

 学校では白い目で見られるけれど、塾では普通に接してくれる、と言った子もいた。私はそんな存在なのかな、と思うようになった。

 理解している確信はなくとも、少なくとも理解しようとすることが大切かな、と思う。「教育論」など、大したことは言えないけれど。

 どんなに勉強のできる子でも、多感な年頃。不安を抱えて生きている。その心に寄り添うこと。ただそれだけ、だと思う。いじめは良くないとか、ガンバッテ、とか。私には言えない。「そうだね」、ただ聞くこと。価値観はすでにその子が有しているだろうから。

 普段できない子ができた時、「すごい」と何気なく褒める。できる子ができなかった時、「できないこともあるの?」「そらできひんこともあるよ!」「先生もな」、アハハとクラスが笑う。「計算もよう間違うし」「字もうまいとは言えへんし」突っ込まれっぱなし…

 でも、たぶんそれでいい。理解しようとする気持ちを手放さない限り。

 中途でやめたことが、心残りである。

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コメント

 話を聴いてくれる、それだけでどれほど嬉しかったでしょう。
 きっとその女の子は素敵な女性、もしかしたら母親になっていると思います。
 理解するしないよりvase jaune先生の姿勢が一人の女の子を救っていると私は考えます。

ウーパさん。そう言って頂けると有難いです。屈託のない明るい子だと思っていたのに大変なんだなと、子どもを見る目もその時変わりました。

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