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2007年4月

夢の効用

 夜みる夢について――

 それはいつも思い通りに事が運ばない。というより必ず私の意思を裏切る。

 にも拘らず、気持ち良い。なぜか?

 普段の覚醒状態においてもそうなのだが、思い通りに事が運ばない方が心地良い(私はあたりまえのことを言っているのかもしれない)。

 それはそうだ、思い通りに事が運んだら何の面白味もないのだから。推測が当たったところで、そうですね、で終わり。現実が現実である意味がなくなる。

 思い通りに事が運ばないと、何かしら私の内部でエネルギーのようなものが生まれ、あれこれ方途を模索し始める。そのときの気持ちの高揚が心地良いのだろう。ああ、生きている!

 夢は、直截にその体験をしている。事が成った刹那、別の何かが私の意思を阻止しようと企てる。そうやって、何かしらの内部の蟠りを解してくれているのだろう。

 繰り返しの無限。

 物質=有限、心=無限、その果ての無さが、わが心にも浸透してくる、その心地良さである。

 宇宙は、神は、やはり存在するものたちから裏切られ続け、それでもそのことを、あるいは快と感じているのかもしれない。

死は怖い?

 死が怖いという発想を、私は理解できない。多くの人はそう思っているらしい…。らしいというのは、やはりそういう発想があるのだと理解し得ないからである。

 理解し得ないのは、死を理解できないからだろう。私もいつか死ぬだろう。だからどうなのだ? というのが率直な感覚である。永遠の生、という考えならわからなくもない。

 生きているのは誰か? 前にも書いたが、生きている(考えている)のはこの私ではない。私を通して自身を実現しようとしている何かが生きている。

 私が死ぬことで、その「何か」も死ぬとは考えにくい。それは永遠にあり続けるだろう、たとえこの物質宇宙がなくなったとしても。

 〈また見つけたよ、何を? 永遠を。それは太陽と溶け合った海〉A.ランボー

. 見つけられた永遠は、彼において永遠にあり続ける。

 〈すると、とつぜん、はっきりわかった――今まで彼を悩まして、彼の体から出ていこうとしなかったものが、一時にすっかり出ていくのであった。……死とはなんだ? 恐怖はまるでなかった。なぜなら死がなかったからである〉トルストイ『イワン・イリッチの死』より

石仏

 ジョギングコースの一つ、竜峰山登山道に到る道に、5つの石仏があり、私はその傍を通るたびに手を合わせている。いつからか、ごく自然に。

 小さな石仏らの前には、いつでも花が添えられている。

 子どもの頃、母の里の山には小さなお堂があり、傍には石仏が在った。苔の上には千両の実。奥の杉林は暗く、何かしら神聖な場所である気がしていた。手を合わせるのはその頃からの習慣かもしれない。あるいは、そのような存在への愛おしさからかもしれない。

 時代は便利な方向へと流れている、果たして本当にそれが便利なことなのかという疑問は一旦置くとして。高速道路が通り、里の山は一変した。…臓器移植、生命操作、人間の欲望は、自らの拡充を専らとしている感がある。

 そのような方向へと向かうのを阻止するのは、自然への畏敬であり、深く何かを考える意志を持ち続けることである(と私は考える)。心で考えて生きると、幾つもの小さな痛みが感じられる。

 この世への抵抗。

 私にとって、石仏はその抵抗の道に並ぶ標なのかもしれない。

してあげるのではなく

 介護とは何か、ということをよく考える。

 その人に何かをしてあげる、と考えると窮屈になる。しかし、よく考えればあたりまえのことだが、実際は「してあげている」のではなく、むしろその人から何かを「受けとっている」。

 先日の97歳の方にしても、彼に何かをしてあげているのではない(に違いない)。彼との関わりにおいて、私は彼から生命力の強さ、意志の強固さの様な物を感じとっている。

 他の例を挙げる。

 「私はこうなってしまって、皆さんにご迷惑ばかりかけて、本当に死んでしまいたい」と言われたことが何度もある。いえ、違うんですよ。私はあなたのお世話をさせていただくことによって、あなたという人を少しばかりですが知ることができました。そのことが「貴い」のです。少なくとも私にとって、良いことなんです! というような返事をした。事実そうであるから。

 自閉症児の相手をしていて、「目標」の一つとして、介護者がその子を「理解すること」を挙げたことがある。周囲が理解することが、即ちその子の成長ではないか、と感じられたからである。更に、そこに交流が芽生えるのなら、これから生きていく子にとって、何より糧になるのではないか。何かをしてあげるのではなく、受け止め、理解すること。

 これは介護にかぎらない。あらゆる人間関係に当てはまる。

 介護においては、それが端的にあらわれる。そういう意味で、今の仕事をさせてもらっていることに感謝している。

阪神ファン

 大阪市港区でホームヘルパーをしていた頃、毎日20:30-21:00に、脳梗塞後遺症で発語のできない元船長さんの服薬介助を行なっていた。髪がなく、いかついおっさんといった感じの方。

 いつもテレビを見ておられ、シーズン中は必ず阪神の試合観戦(試合のない月曜だけは「水戸黄門」)。部屋には背番号7の縦縞が掛けてある。――それまで私は阪神ファンではなかった。

 負けていると機嫌が悪い、勝っていると「おー、おー」と笑顔。私も一緒に応援する。負けている時、「でも今日は良い試合をしていますよね」と恐る恐る声を掛けてみた。ウンウン、と頷かれる。阪神の打者が初球を見送ると、打たなあかん、といったジェスチャーをされる。「待っていてはだめですよね」。ウンウン。そういうことを繰り返しているうちに、私もいつの間にか阪神ファンになってしまった。

 2003年9月、優勝の日。訪問すると、もう泣いておられた。おいおいと。バンザイ、バンザイ。暫くして娘さんが帰ってこられた。「おとうちゃん、優勝おめでとう」またおいおいと泣かれる。今度は夜の勤めの奥さんから電話。「おとうちゃん、よかったなあ」。「あー、あー」また涙。

 1年ほど前に他界されたらしい。

 船長さん、昨日は巨人に逆転勝ちしましたよ!

考えているのは

 物事を考える時、考えているのは誰か?

 むろんこの私、ではなく、私に宿る何かが考えている。「宿る何か」とは?

 宇宙(無限)そのもの、である。宇宙に意思があるかを、私は知らない。だが、感応し合い、生まれては消える物たちの姿は、それ自体が「考え」であると感じられる。

 人がそれに感応したがるのも、そこに思考があるからではないか?

 頭で考えると、人は言う。だが、心で考える時、思いは無際限の広がりを持つ。

 心を寄せる。心で抱きしめる。その時、心はすでに個人を超えて、対象に溶け入っている。

 心とは宇宙の別名ではないか?

 心を開き、心で祈り、時に他者に翻弄され、それでも彼方の、あるいはいまここにあるものを信じて、生きる(考える)。

 心は、宇宙の隅々に浸透している。そして細部に宿り、またさまざまなる思いを生む。

 これらの過程に、何かしらのギャップはあるだろうか?

 〈一粒の麦が地に落ち、死ななければそのままだが、死ねば多くの実を結ぶだろう〉という聖書の一説は、心の在り様を示している。移ろい、幾たびも死に、千変万化を繰り返す。

97歳

 何度説得しても、どうしても「家に帰る」と仰るので、夕闇迫る町に出た。

 車椅子を押して走る。1,2,1,2、とリズムをとると、彼も1,2,1,2、と調子を合わせる。「寒くないですか?」「寒いと言っておれん、大丈夫」道順は彼が指図する。

 30分ほど走っただろうか、指図する方向が施設に向かい始めた。良かった、と思った刹那、「道を訊こう」を仰る。ガソリンスタンドで訊く、施設とは逆方向に進む、再び車中の人に訊く、ますます遠ざかる、3度、4度、漸く目的の「町」に辿り着く。

 だが、そこから先は彼にもわからない。こんな広い道はなかった、昔と変わったなあ。

 昔とは何十年前のことか? 「寒くないですか?」「寒い」やばい、ご高齢なのだ。

 迎えに来てくれた施設からの介護車で帰る。血圧、体温の測定、もう9時を回った。暫くすると、再び「家に帰ろい」「家に電話してくれ」「酒を飲みたい、一升瓶はないか」・・・。

 彼にしてあげられる事は何だろう? 自らの無力に苛まれる。

本当に存在するのは

 「本当に存在するのは人間ではなくて、観念である。」

 〈Ils ne sont pas les êtres qui existent réellement, mais les idées.〉 

 マルセル・プルーストの長編小説を数年前に読んで以来、心に残っている文章の一つである。

 人と話していて、この人とは何か? と単に考えても、答えは見つからない。しかし、話の内容、表情(非言語的なもの)から、「その人」を感じることはある。それは、その人をその人たらしめているもの、その人という現象を形あるものとして表そうとしているもの、である。いまここに在るものとは、本当は、「それ」であって、いまここに見えているこの人ではない。

 もう少し別の角度から。

 たとえば、喜び、怒り、悲しみ、などの感情は、本来無限の多様性、広がりを持つ。「表現し得ない」と形容される歓喜の極みから、非人間的、と言われるような無慈悲な感情まで、あるいはそれらを超えて。それらが、一定の形と成って、この世を形作っている。しかしげんに、それら無限なる感情は存在し、時に生のエネルギーとなっている(ドストエフスキイはある小説でそれを「カラマーゾフ的力」と表現している)。

 先に引用したプルーストは、それらを「生命そのもの」と言っている(宗教か心理の分野では「ヌミノース」という言い方もあるらしい)。この世に蠢くものたち、である。

 かろうじてこの世の人の形を成しているそれらを、文学は何とか表現しようとしているのではないだろうか。

 しかし、それらはまだ「観念」ではない。

 それらが人の間に分け入り、交錯しつつ、やがて「ある考え」となったもの、それを「観念」と言うのだろう(「観念」となり、ようやく人に宿る)。それゆえの、微細なる人物描写を尽くしたプルーストの、あのため息に似た独白であろう。

椿と烏

 通勤途中に広い田園地帯がある。今の季節は蓮華畑と空のビニールハウスが広がっている。その真ん中にぽつんと1本の椿があり、遠くからでもよく見える。近づくと、根元には真っ赤な花びらを敷きつめている。ある時何気なく通り過ぎようとしたら、黒い塊があるのに気づいた。烏が蹲っている。

 死んでいる。そこで力尽きたか、誰かが運んできたか。

 ふかふかの花びらの中で、丸くなって眠っているようにも見える。妙に印象に残った。色の対比によるのかもしれないが、それよりも、私には心安らぐ光景に見えたのである。

 椿が烏に何かを語りかけている、そんな印象。花と烏、2つの死を椿の木が見下ろしている。

 俄に黒い空から温かな雨粒が落ちてきた。

 〈「私の家では誰かが死ぬと決まって白い雪が降る」、というようなことを誰かが言っていた〉(詩心――永遠なるものへ.中西進.中公新書.2006.11)

 雪ではなく雨。

 私には、椿と烏の密かな語り合いを、空が聞きつけたように見えた。

はじめに

 誰に向けて書くのか

 「私の」考えを、伝える。誰に? 「誰でもないもの」に向けて。

 考えが不十分なために、伝わらないこともあるだろう。あるいは、通常そうなのだが、確信をもって発した言葉でも、人に伝わらないことは多い。それでも、言葉を伝える練習として、発してみようと思う。

 解題 「考えること 生きること」

 「考える」という言葉を、「生きる」に置き換えてみたことがある。いろんな文章で試してみた。結果、意味はまったく変わらないと気づいた。

 例えば、今開いている本のページに

 「私たちの職場は私たちで創っています。自分の頭で考え行動できる人を望みます」(認知症高齢者グループホームQ&A.2007.2.中央法規.30頁)とある。

 ここの「自分の頭で考え行動できる」を「自分の意思で生きることのできる」と換えて、意味は変わらない。すなわち考えるとは生きること、生きるとは考えること。

 と、書いてみて、私は誰に書いているのだろう。

 おそらく、このような引用は多くなるだろう。共有された言葉を、言葉により感じとり、言葉に即して、少しずつ、綴っていけたら、と願う。

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